心も体も生き生き元気に 

愛知県稲沢市の気功師りゅうおうが、心と体が元気になるような記事を書いていきます

私が、お寺へ行く理由

私にとっての、お寺。そこは、最も”生”を感じる場所です

 

お寺=死のイメージがあるかもしれません

お寺によっては、お墓があり、納骨堂があり、死者の場所と感じるでしょう

死というものを、我が事として捉え考えてみると

生というものが、より輝いてくると思います

 

お墓は無く、観光地のようになっているお寺もあります

素敵なお庭や、歴史ある建造物、仏像

そういったものに、美しさを感じるという方もいるでしょう

 

私にとっては、自分を見つめる場所です

普段の生活の中で、心はざわつき、落ち着きをなくしてしまったり

やさしさを見失うことがあります。

そんな時、仏様に向かうと

仏様が、すべてをお見通しになっているように感じます

私の心の奥深くまでを

そして、今の自分を省みることが出来ます

私の中にも少しはあるはずの愛の部分を感じることが出来ます

落ち着きを取り戻し、心を静め、やさしさを思い起こします

明日から、今から、リセットした自分で生きようと出来ます

もう一度、自分のいき方を見つめることで、私の”生”は、再び輝こうとします

 

自分の中の自分を見直し、我を思い出す。それとは別に

僧侶の方から、ダイレクトなメッセージをいただくことがあります

それは、私に向けてお話されていることとは限りません

時には、観光客の団体相手の法話であったり

また、時には、修学旅行生に対するものであったりします

私に対しての個人的なものもあります

どのような場合にせよ、耳に入ってきたものは

どれもが、聞き逃すことが出来ない大切なお話です

仏様の言葉です

 

仏様を拝むとき、仏様とお友達になりましたよとお話くださったこと

 

別の時、仏様とお友達になるとはどういうことでしょうと尋ねる私に

誰の中にも仏性があり、その仏性と、仏様がつながると答えてくだっさた事

 

仏様は、光です。観光地とは、光を観るところですとお話くださったこと

 

ほかにも色々なお話をいただいてきました

本を読み身につけた知識(情報)。知識は、情報だと思います

それは、一つ一つ意味あるもの。しかし私の中ではつながりに欠けたものでした

お寺で、自分と自問自答する中、自分を見つめる中

僧侶の方々から頂いたお話、疑問に答えていただいたこと

それらが、断片的な私の情報を、つないで行ってくれています

だんだんと、智慧に変わっていくと言うことだと思います

 

今はまだ、覆い隠されてしまっている、私の中の仏性という光が

仏様によって、覆いがめくれ、少しずつ多くの光が出るようになっていく

それが何にもまして良く

私は、お寺へ向かうのです