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心も体も生き生き元気に 

愛知県稲沢市の気功師りゅうおうが、心と体が元気になるような記事を書いていきます

聞くこと 話すこと

人の話は、聞く人によって、また、聞く人の心持によって

心に染み入るほど入っていったり

右から左へと流れていったりするものです

先日もあらためてそう感じました

 

お話をされる方のことが好き、または、興味があると

その人の口から発せられる言葉の一つ一つを聞き逃したくはありません

反対に、まったく興味のない方の口から出る言葉ですと

右から左へと流れて行ってしまう事があります。

 

それは、私自身がその方を、どう思っているかということでもありますし

数人が集まれば、同じ話を聞いても、それぞれが、受け取り方が違うということです

 

私自身、人に対して、好き嫌いがありますし、先入観を持つこともあります

それは、私の価値観からきているものだと思います

私の価値観

価値観などという言葉を使うと、それらしいのですが

要は、思い込みなのでしょう

 

先日、お坊様からいただいたお話の中にもありました

怨憎会苦

しかし、その人は、私を広げてくれる人かもしれません

私の考え方を、視野を・・・・

 

私が聞き手ではなく、話し手だとしたら

どんなに、良かれと思ってお話させていただいたとしても

私の発する何か、言葉使い、態度・・・・

によって、人は、聞き入れてもくれないかもしれません

 

だからこそ、私は、私を見つめなければならないのでしょう

不信感や、嫌悪感を与えるような態度ではないか

先入観で、人を判断してはいないだろうか

少しばかり、話の始め方に、嫌な思いを感じたからといって

自分の思考によって、その方の話に、心を閉じてしまっていないだろうか

 

全てのことは、起こるべくして起きている

出合う全ての人と、会う運命だからあっている

全ては、チャンスであり、与えられたものであるとするのなら

もっと違う態度になれたはず

もっと色々な話を、受け入れることができたはず

 

私の思考、反応、それらは、左脳の働きから来るものだと思います

左脳の思考、分析ジャッジを少し黙らせてみることも良いかもしれません

 

せっかくの出会いを、無駄にしないように

せっかくの言葉を無駄にしないように

心を無に、とまではいかないにしても

批判、分析、ジャッジには、少し黙ってもらって

素直に聞くことができるようになりたいと思いました