心も体も生き生き元気に 

愛知県稲沢市の気功師りゅうおうが、心と体が元気になるような記事を書いていきます

南知多ビーチランドで、元気を頂く

休日、久しぶりに南知多ビーチランドへ行ってきました

子供が小さい頃、家族で来たことを思い出します

 

家族と来ていたときとは、随分変わりました

場所は同じですし、展示している建物も変わっていないようには思いますが

展示の仕方は大きく変わっています

 

距離感ゼロ

ふれあい

という言葉が多く聞かれました

 

実際、お魚にじかに触れることが出来る展示があり

小さな子供たちが、楽しそうに手を伸ばしていました

また、イルカや、アシカ、アザラシに触ることが出来たり

ペンギンや、海がめに餌を与えたり

カワウソと握手が出来たりと、色々な企画がされていました

 

私達も、カワウソと握手。イルカにタッチに参加しました

カワウソの小さな手。とても可愛い手でした

握手というよりは、餌をねだって出してくる手に触れる

その手に、餌を渡してあげるという感じでしたが

とても可愛らしいカワウソに、笑顔になります

 

イルカふれあいプールに、ひざまで水に入り

イルカに触ることが出来ました

飼育員さんの誘導の下、おとなしくじっとしているイルカ

子供だけでなく、大人も楽しめます

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イルカふれあいプールです

 

この浅めのプールに二頭のイルカがいます

昔訪れた際は、バスケットボールが浮かんでいて

イルカが鼻先で上手にプールの外へボールを出して

拾ったお客さんが、プールへ投げ返すという

イルカとお客さんのキャッチボールみたいなものがありました

今日は、ボールがなかったので、飼育員さんに聞くと

今は、写真の奥に写っている黄色い浮きが二つつながったものを

おもちゃにして遊んでいるそうです

 

こうした触れあいのできるイベントも楽しいのですが

私には、飼育員の皆さんの表情が素敵でした

笑顔で、大きな声で、分かりやすく話してくださいます

こちらの質問にも、笑顔で丁寧に答えてくださいます

多くの若いスタッフが、皆元気で、笑顔で素晴らしい対応をしてくださいます

 

スタッフの方々、飼育員の皆さんの笑顔と

サービス精神に、私達も満面の笑顔になることが出来ました

素晴らしい時間をありがとうございました

 

次回は、イルカとアシカのショーについて

 

愛いっぱいのケーキ

とっても素敵なケーキをいただきました

ケーキ屋さんに並んでいるケーキではないオリジナルの一品

ケーキ屋さんに並んでいても不思議ではない仕上がりです

義理の姉がプレゼントしてくださいました

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私の作った、コーヒーカップと一緒に写して見ました

 

中年の男性である私向けに、オーダーしていただいたそうで

オーダーを受けて、考えて作ってくださったそうです

 

プレゼント用に考えてくださる人がいて

食べる人を思って、作ってくださる人がいて

出来上がったオリジナルな一品

愛に溢れたケーキです

 

私が好きなケーキがなぜ分かったのでしょう?

姉に、作ってくださった方に驚きました

食べてみると優しい思いが、口の中いっぱいに広がりました

 

思いのこもった一品からは、美味しさだけではなく

嬉しい思いがこみ上げます

なんと表現したらよいのか分かりませんが

愛いっぱいのケーキでした

 

嬉しい出来事に、感謝です

ありがとうございました、ご馳走様でした

 

嬉しいご縁

10年ほど前のことになりますが

私達の子供たちが競技に打ち込んでいる頃

痛めた体を治して頂いておりました整体院がありました

こちらは、私が癒しということに興味を持つきっかけになった所です

 

その整体に出会うまで、整形の病院、スポーツ医療の病院、整体院、針灸・・・・

同じところに数回は通ってみるのですが

競技を続けながら治療をするということは難しいことでした

そんな時に出会い、子供たちの体をケアしてくださいました

子供たちの体が、安定してきてからは加齢により足腰を痛めた母も

こちらのお世話になりました

 

そんな整体院の施術家さん

ひょんなことから、この整体院を離れたことを知りました

今までは、整体にお世話になるときに、お会いできるからと

思っていましたが、整体院にはいらっしゃらないと言うことになりますと

もう二度と会えないかも知れないわけで

 

どこかで、施術されていないだろうか

インターネットで検索

探すことが出来ました

 

探し当てたものの、連絡を取るにはどうしたものか

私のことを覚えていらっしゃるだろうか

あれこれ考えるよりも、行動!

思い切って連絡を取ってみました

すると、返信を頂くことができました

しかも、私のことを覚えていてくださいました

思い切って連絡させていただいて、良かったです

 

嬉しいご縁のつながりです

ひょんなきっかけが起き、連絡をとりたいという衝動が溢れ

連絡をとることができた。

ありがたいご縁に感謝です

 

 

 

 

 

 

 

人は皆、過去に取り憑かれている!? 続き

人は皆、過去に取り憑かれている

ということについて先日書いてみました

 

この言葉は、映画ビューティフルマインドの中の台詞です

主人公は、統合失調症で幻覚に取り憑かれています

そんな主人公の台詞です

普通に暮らしている人の中で、常に幻覚を見ている

幻覚に取り憑かれているという人はいないと思います

 

では、何かの声に取り憑かれているということは無いでしょうか

取りつかれるといいますと、表現が大げさですが・・・昔子供が観ていた番組の中で、”もう一人の自分”なんていう表現がありました

自分の中に、もう一人の自分がいるようで

違う考えや意見が浮かんできて、葛藤するというようなことです

 

人は、成長するにつれ、多くのことを経験し学んでいきます

そして、目の前に起きたことに対し

経験してきた多くのことや、学んだことを使って

物事を捉え、考え、判断し、答えを導いていきます

多くの経験が、時には迷いになったり、もう一人の自分の声になったりします

 

・自分の中で葛藤が起きる

・もう一人の自分が現れる

・下した結論と違う、別の声が聞こえる

そういったことは、今までの自分の過去が影響している

そういえるのではないでしょうか

 

今現在。私は気功を通じてエネルギーを扱っています

と同時に、瞑想を通じて前世・過去世について学び

気功エネルギーによる癒しと、

過去世(前世)による癒しに取り組もうとしています

そんな中で、出会った言葉

「人は皆、過去に取り憑かれている」

私の中に引っかかり、考えさせられる言葉になりました

 

 

 

 

人は皆、過去に取り憑かれている!?

ノーベル経済学賞受賞の実在の天才数学者

ジョン・フォーブス・ナッシュ・ジュニア氏の半生を描いた

ビューティフル・マインドという映画があります

映画の中で、ナッシュ氏は、統合失調症で、幻覚を見ます

詳しい映画の内容は、おいておくことにしまして・・・

 

映画の終盤に、次のような主人公の台詞があります

「人は皆、過去に取り憑かれている」

私に、この言葉が残っています

 

主人公のナッシュ氏は、友人、少女、任務を課してくる男の幻覚を見ています

これらの人物が、ナッシュ氏に取り憑いているかのごとく

絶えず彼の周りに出てきます

そんな幻覚に取り憑かれたナッシュ氏の台詞です

 

確かにそうだと思いました

人は、生まれてから今日までのこと

つまり、過去に影響されています

取り憑かれているという表現は過激かもしれませんが

確かにそう言えます

 

輪廻転生を信じる私としては、

前世、過去世。つまり、今生の生を受ける前までの

繰り返された転生の中での出来事に影響されている

過去生でのことに取り憑かれているとも言えます

 

私自身の経験も含め

この世に宿った命(赤ちゃん)には、個性があると思います

妻のおなかにいる時にも

一人目の子供と、二人目の子供には違いがありました

生まれてからすぐの赤ちゃんのときにも違いはありました

私には、生まれ持った個性を持っているように思えます

更に、成長していくにつれ多くのことを学び

どんどんと個性を感じるようになっていきます

 

そして、今現在このときも

誰もが皆その影響を受けています

目の前の物事を捉えるときに

その物事について考えるときに

判断するときに

答えを出すときに

私達は、すべて今に至る過去の影響の下にあります

 

過去が違えば、

捉え方も

考え方も

判断も

答えも

全てが違うはずなのです

 

私は、私。私の価値観で判断していると思いながら

多くの過去の影響を受けています

私は私。その私は、本当の私なのでしょうか

過去に取り憑かれているに過ぎないのではないでしょうか

 

 

 

 

 

こんな悩みは、ありませんか

・生きている意味について悩む

・日々の苦しみについて悩む

・人生とは、何かと悩む

・消えない過去についての悩み

・死についての悩み

 

生きている意味について

 今の私は、何のために生きているのだろう

 この人生に、何かしらの意味があるのだろうか

 

日々の苦しみについて

 いじめにあっている

 努力しても報われない

 認められることがない

 等々、自分を苦しめることについて

 

人生とは何か

 人は、何のために生まれ、生き抜かなければならないのか

 

消えない過去

 あんなことをしてしまったから、今こんな目にあっているのではないか

 などと今の悩みの原因が、過去の自分のせいではないかと思える

 

死について

 死んだらどうなるのだろう

 死後の世界はあるのだろうか

 

誰もが、この中の全てではなくても、

いくつかの悩みを持っているのではないでしょうか

大きな悩みになっていなくても、小さな悩みとして持っているかもしれません

 

私は、これら人間の存在の根本的な悩み、つらさを、スピリチュアルペイン魂の痛みと、捉えています

そして、これらを癒すことの必要性を強く感じています

 

スピリチュアルぺイン

この言葉を検索しますと、終末期患者の苦悩という解説が出てきます

終末期患者さんは、特に強くこれらのことを考えると思いますが

今現在、病気や怪我が無くても、何不自由なく暮らしていたとしても

これらについて悩むことはあると思います

 

更に言えば、

これらの悩みが元で、心を苦しめ、体に不調をきたすこともあると考えます

人は誰もが、魂を持つ霊的存在であり、スピリチュアルな存在なのです

だからこそ、こういった悩みを持ち、時に苦しんでしまいます

 

こういった悩みは、どうすれば癒され、どうすれば無くなるのでしょう

 

悩みや痛みに、効く薬があるわけではありません

悩みや痛みを、部分的に取り去ることも出来ません

 

一人ひとり、誰もが、自分の中に答えを見出すしかありません

気づくことです

そして、自分が変化していくことです

そのためには、一歩踏み出すことが必要な場合もあるでしょう

 

そんなことは分かっても、どうすればいいの?

悩みを持ったまま、一歩踏み出していけるの?

 

人は、誰も一人では弱いものです

寄り添う誰かが必要なときがあります

寄り添う確かな言葉が必要なときがあります

 

必要なときに、必要なものが与えられる

 

私は、そう信じています

欲しいものではありませんが、必要なことが与えられます

それは、人との出会いかもしれません

ふと耳にする言葉かもしれません

目に飛び込んでくる映像かもしれません

何かは分かりませんが、

 

このブログに来ていただいた方に、素敵なことがありますように

文章で表すことは、とても難しいですが

私なりにこれからも書いていきたいと思います

魂の痛みが癒されますように

 

 

 

 

 

 

 

ヒーリング 癒し

ヒーリング 癒し

 

ストレスの多い社会の中で生きていますと

落ち込んでしまったり、暗くなってしまったり

辛くなってしまうことが多くあります

 

そうした私達の心の状態は、身体の状態につながっていて

体の不調を引き起こすことが多くあります

病は気からという言葉もあります

 

心の状態が、大きな病となって現れていなくても

頭痛、肩こり、腰痛、倦怠感のようなよくありがちな症状を

起こしている場合もあります

 

癒されたい

そう感じている方は、多くいらっしゃると思います

癒しという言葉を、さまざまな形で目にします

 

私が考える癒しとは、

気づきと変化癒されたいと感じている人、その本人の気づきと変化が起きることです

本人の中に変化が起きることは、強力な癒しだと思っています

なぜなら、これまで本人のストレスの源であった

取り巻く環境、社会がなんら変わらないとしても

本人の感じ方が変われば、その環境・社会がストレスにならなくなる

可能性があるからです。

 

そのような癒しをもたらすために

癒しへと導いていくために

私自身も、まだまだ勉強中です

 

気功というメソッドを使って、出来ることはまだまだ奥深いと思っています

私は、気功をヒーリング・癒しにつなげていきたいと思っています

身体の不調に気功エネルギーを送り、治癒を促す助けにするだけでなく

気づきと変化を促すような癒しになれば

 

気功以外のメソッドも、必要なものはどんどん取り入れたいと思います

癒しのために